跡見花蹊と木津得浅斎宗詮

 4年前に『木津宗詮 武者小路町千家とともに』の執筆している時、偶然に跡見花蹊が2代得浅斎宗詮の門人であったことが判明しました。 得浅斎は幕末維新に生き、尊皇の志が厚く明治の元勲陸奥宗光やその父伊達千広と親交し、壮年に後継者宗税を亡くし河内に隠棲しその経歴が全くといっていいほど判りませんでした。得浅斎は花蹊をわが子のように可愛がり、花蹊も得浅斎やその娘たちと家族同様に懇意にしていました。  それが機縁となり跡見学園の『にいくら』への執筆をしました。













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石ひとつ

石ひとつ筆にも濡れて初時雨 武者小路千家11代家元一指斎が友禅染地露地絵に発句を書いています。 十徳を着た宗匠が正客で、次客と末客は裃を着用し腰に脇差をさした武士です。時雨が降っているのでそれぞれ露地笠をかざし下駄を履いて飛び石をすすんでいます。初時雨ということから炉開き、または口切の茶事に招かれたのでしょうか?よく見ると正客と次客の間の飛石があとから墨で書き加えられています。着賛された発句の「筆

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