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執筆者の写真木津宗詮

4月10日 稽古場の床

豊田善右衛門聴雪の一行「春風入萬物」です。

春風入萬物

  七二翁聴雪居士(印)

豊田善右衛門は大阪の繊維商社豊田商店(現豊田産業株式会社)の主人です。豊田商店は国内外に向けた毛織物・紳士服地・婦人服地などを扱い、中国北東部や香港にも支店を構えていました。弟の上野理一は朝日新聞の社主・社長をつとめています。

明治31年(1898)に武者小路千家十一代一指斎が没し、平瀬露香が家元預となりました。露香が明治41年(1908)に亡くなると息子の露秀が家元預を継承し、翌42年6月に露秀と藤田伝三郎・上野理一・豊田善右衛門の後援のもとに家元預を露秀から聿斎が引き継ぎました。明治維新後の茶の湯が低迷していた時、聿斎は20数年間豊田商店働き、その後も多大な支援を受けています。

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