• 木津宗詮

緑水青山

 「緑」のことを「青」というお年寄りがいます。でも決して色を識別できない色盲ではありません。戸中期の俳人山口素堂に「目に青葉山ほととぎす初鰹」というの句がありますが、全山若葉に覆われて決して「青・ブルー」なわけではありません。山は「緑・グリーン」です。  色の見え方、表現は時代や民族により異なります。虹の色はニュートンが7色と決めてから一般的になりましたが、もともとイギリスでは「5色」、アメリカでは「6色」と認識され、ドイツでは「6色」、日本でも「5色」、古くは「8色」とか「6色」、かって沖縄地方では赤・黒、または赤・青2色で、「明・暗2色」と捉え、中国でも古くは「5色」とされていたそうです。ちなみに現代でも、かつての沖縄のように「明・暗2色」として捉える民族は多いとのことです。 学生時代、唐代の詩人李賀を卒論のテーマに選んだ友人がいました。李賀の詩には色が盛んに出てきて、色について書くとのことでした。その友人にむかしの中国では、「青」と「緑」が逆だったと聞きました。だから山の「緑」が「青」で、水の「青」が「緑」なのです。いまも私たちは信号機の進めを「青」といいます。でも実際「青みがかった黄緑色」です、それでもみんな「青」といいます。  ちなみにその友人は李賀の詩の色について卒論を書くことをあきらめました。なぜなら唐代の色を表すことばと実際に目に見える色とが、現在私たちが使っていることばが必ずしも同じでない。それを断定することが出来ないと気づいたからです。


 「緑水」と武者小路千家先代有隣斎が、「青」と表千家先々代即中斎、「山」と裏千家先々代淡々斎が、少庵好みとされる「少庵菊」の地紙に書いた合作の扇面「緑水青山」です。一般的には「青山緑水」と書きますが、この扇面は上下を入れ替えて書いています。意味は人間が本来もっている心そのままが仏であることという禅語ですが、新緑のこの時期の風光ということで、毎年稽古に使っています。なお、この扇面は、昭和39年9月に三千家が施主となり営まれた少庵三百五十年忌法要の記念に書かれたものです。ちなみに平成26年9月7日に同じく三千家家元により大徳寺聚光院で法要が勤められています。

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