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進物

執筆者の写真: 木津宗詮木津宗詮

 むかしの日本では上質の料紙(和紙)は貴重品で広く進物として喜ばれていました。古くは朝廷や公家が消費者でしたが、武家の台頭とともに和紙の原産地を武家が握ることになり、上質和紙である杉原紙は武家が独占することになりました。そして鎌倉時代には杉原紙は幕府の公用紙となり文書用紙として広まることになります。  武家の間での贈答に水引をかけた杉原紙一束(十帖)と扇1本を添えて送るのが正式な作法とされ、これを「一束一本」といいました。一束という単位は贈る紙の厚さにより変化するそうで480枚か500枚だったそうです。それと「一束一巻」という進物もあり、こちらは扇の代わりに緞子を一巻(反物)が添えられました。  明治以降、杉原紙を進物とする武家社会の慣習が廃り、かろうじて婚礼や出産・新築などのお祝いの返礼の品として「おため紙」にその名残をみることができます。おため紙とは一帖(二十枚)の半紙のことです。半紙はもともと小形の杉原紙を半分に切ったところから半紙といわれるようになったものです。そしてその「おため紙」も近年めっきりみられなくなり、紙を進物とする習慣は絶えたに等しようです。  ところが紙をむかしながらの形で進物としているところがありました。わたしの知る限りでは唯一です。毎年、家元の初釜に大徳寺が杉原一束を持参しています。なんともゆかしいことです。



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