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埋火

雛屋立圃の五徳画賛です。

よき友の来る夜と

   しるや松の雪

      立圃(印)


立圃は江戸前期の俳人です。家業の人形屋より雛屋・紅粉屋といいます。松永貞徳に俳諧を学びますが、同門の松江重頼との確執により貞門から離れ独立し、貞徳に対立する俳諧点者に成長し、多くの門人を擁しました。その作風は優美・温和なものでした。

しんしんと雪の降る夜、埋火をした炉辺で友の来るの待ちこがれている立圃の姿がほのぼのと目に浮かびます。

杉木普斎の逸話を集めた「普公茶話」に埋火の逸話が記されています。なお杉木普斎は「宗旦四天王」と称された一人で、諸国に伊勢参宮を勧め、その便宜をはかる神職である伊勢の神宮外宮(げくう・豊受大神宮・とようけだいじんぐう)の御師(おんし)でした。

檀那の佐々木氏が網干より伊勢に参宮して普斎に会った時、次回の参詣がいつできるかわからないので、どんなものでもよいからと茶道の形見を一品所望したところ、普斎は茶席に炭斗を持ち出し、煙草盆の火入に炉中の火を埋め、「我等も年老たれバ齢のほどもいつとはかりがたし、されバ此火を国に持かへられて生涯滅せず釜を沸し給はば、百歳の後までも嬉しからん」と差し出し、佐々木氏も「是に過たる御形見ハあるまじ」と、大層喜んで網干に持ち帰ったとあります。その火は子の代まで大切に護られ、また火入も秘蔵されたとのことです。わたしの大好きな普斎の心温まる逸話のひとつです。




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