木津宗詮5月30日1 分水遠山長(水遠く山長し)不徹斎家元の一行「水遠山長(水遠く山長し)」、ベトナム土産の魚籠に蛍袋と露草、金糸梅を入れました。 水遠山長 守(印) 川の流れはどこまでもどこまでも続き、 山は同じくどこまでもどこまでも連なっている。そんな悠然たる大自然の光景が目に浮かびます。
木津宗詮5月23日2 分雲水雲水 あたかも行雲流水、空を行く雲、流れる水、物事に執着せず、淡々として自然の成り行きに任せる。決して一ヵ所にとどまらずに修行する僧。 雲水 •在嶺頭閑不徹 •流礀下太忙生 雲在嶺頭閑不徹 水流礀下太忙生 雲は嶺頭(れいとう)に在(あ)って閑不徹(かんふてつ)...
木津宗詮5月23日1 分かきつばた先代有隣斎室澄子夫人の煤竹茶杓「かきつばた」です。 から衣きつゝなれにしつましあれバ はるばるきぬる旅をしぞ思ふ と有原業平の歌が箱に認めています。 その繊細でシャープな姿が杜若の葉を連想することから命名してくださった思い出の品です。
木津宗詮5月18日1 分高野山三条西実隆の詠草です。 あふききてみるにいよゝゝ高野山 光いつへき室の扉は 堯空 三条西実隆は室町後期の公家で歌人としても特に有名です。内大臣に至り、出家して尭空(ぎょうくう)と号しています。飛鳥井雅親(あすかいまさちか)に和歌を学び、飯尾宗祇から古今伝授を受け、古典...
木津宗詮5月13日1 分5月11日 稽古場の床少庵350年忌記念に三千家家元合作になる扇面「緑水青山」を掛けました。「緑水」を武者小路千家先代有隣斎、「青」を表千家先々代即中斎、「山」を裏千家先々代淡々斎が認めています。手付籠に大山蓮華を入れました。
木津宗詮4月28日1 分南宗寺開山忌献茶南宗寺開山忌献茶拝服席の掛釜無事に終えることができました。昨日の悪天候も嘘のような爽やかな晴天に恵まれました。リュート奏者小出智子さんのBGMのもと家元の献茶が奉仕されました。かつての堺は貿易港として栄え、ヨーロッパでは東洋のベニスと呼ばれる国際色豊かな町でした。ポルトガル...
木津宗詮4月25日1 分御忌(ぎよき)建暦2年(1212年)1月25日、 浄土宗の開祖法然上人は享年80で京都東山大谷遷化されました。 ただ一心に阿弥陀仏の誓いを信じ、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、死後に極楽往生できるという「専修念仏」の教えを説きました。...
木津宗詮4月24日1 分薬師寺東塔本日は薬師寺東塔落慶法要でした。東塔は奈良時代の建築で日本で6番目の高さの塔です。西塔とともに九輪の上の飛天が透し彫された水煙に特大の吹き流しが取り付けられています。解体修理に携わった数寄屋大工の棟梁が地上から約36メートルの高さの水煙に取り付けたとのことです。考えるだけで...
木津宗詮4月21日1 分4月20日 総見院茶席の床大徳寺塔頭総見院で釜を掛けました。床に冷泉為村雁画讃を掛け、前に愈好斎の書付になる和田桐山作銀襴手耳付花入にシヤガを入れました。 かへるらむ 契りはおなし 春の雁 われて潮路の ともを はなれす 春が訪れると、雁ははるかかなたのシベリアに仲間とともに大空を雁行して長旅をしま...
木津宗詮4月12日1 分時雨桜月輪寺の時雨桜です。 架蔵に先々代愈好斎の書付になる時雨桜で作られた茶杓があり、一度その木を見てみたいということで月輪寺を訪ねました。 月輪寺は愛宕山の東山腹にあり、月輪関白九条兼実が隠棲した地です。兼実は法然に深く帰依して円澄と号しました。法然と弟子の親鸞が流罪となる際、...
木津宗詮4月9日2 分斎号平成16年(2004)の春、家元祖堂で当代家元不徹斎宗匠より乱飾の相伝を受けました。それに併せて斎号も頂戴しました。 今年より 千代の春をも 契り見ん 若木の桜 庭に移して 不宣 右ニ依リテ命名「桜斎」 甲申秋 宗守(花押) 写真はこの時、不徹斎宗匠の「桜斎号」の軸です。...
木津宗詮3月31日1 分柳緑花紅先々家元愈好斎の一行「柳緑花紅」です。 出典は中国北宋の蘇東坡が詠んだ漢詩の一節と伝えられています。 柳緑花紅真面目 柳はみずみずしい緑の枝を垂らし、花は美しい紅い花を咲かせています。これが本来のありのままの姿であるという意味です。柳も花も決して意図的にみずみずしい緑や、美...