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5月16日稽古場の床3
祇園の稽古のあとは某料理屋のです。床は江戸中・後期の歌人で下鴨神社祠官の梨祐為の掛葵画賛です。朝鮮唐津蹲花入に鉄仙と都忘れに桂を入れました。 ちはやする加茂の 社のあふひくさ かけてひさしき 世をいのるかな 鴨祐為書(印) 千早降る加茂の社の葵草 掛けて久しき世を祈るかな...

木津宗詮
2024年5月18日読了時間: 1分


5月14日 稽古場の床
月次歌会を終えて春日大社職員の稽古。床は有隣斎筆になる在原業平の和歌を掛け、段菊と甘野老(あまどころ)を竹一重切花入に入れました。 から衣きつゝなれにし つましあれは はるゝゝきぬるたひをしそ おもふ 守書 何度も着て身になじんだ唐衣のように、長年慣れ親しんだ都にいる妻を残...

木津宗詮
2024年5月16日読了時間: 1分


5月11日 稽古場の床
本日の東京稽古場の床は冷泉為泰の鯉詠草です。あやめを丹波焼の南蛮粽写花入に入れました。 岩かねを (花押) 落くる た(田) きは(喜八) 百年もたえす のほれる 鯉や嬉し き 「鯉の滝登り」の故事をふまえた歌です。みごとな岩盤から落ちてくる滝を百年絶えず登る鯉はうれしい...

木津宗詮
2024年5月11日読了時間: 2分


5月9日 稽古場の床2
本日の自宅稽古場の床に春日潜庵(せんあん)賛になる世継寂窓(よつぎじゃくそう)粽図を掛けました。花はあやめを胡銅熨斗形花入。 君不見、懐沙孤忠、誰能儔、況又独清 照千秋、祀典長伝、端午節、海外尚想楚江流、 又不見、愛宕山上連歌客、在手茭粽、駢茭食、...

木津宗詮
2024年5月10日読了時間: 3分


5月9日 稽古場の床1
本日の奈良稽古場の床は、大綱和尚の詠草「郭公(ほととぎす)を待つ」を掛け、さんざしと甘茶を伊賀焼耳付花入に入れました。 待郭公 前大徳寺大綱 きかはやと 誰もまつらん 郭公 夏立つ日より 鳴物にして ホトトギスは、5月ごろにインドや中国南部から日本まで渡ってくる鳥です。ツバ...

木津宗詮
2024年5月10日読了時間: 2分


方広寺大仏殿跡(大仏殿跡緑地公園)
売茶翁が茶売りをした「舎那殿前ノ松下ニ開二茶店ヲ一」とは、方広寺の大仏殿の前を指します。天正14年(1586)に豊臣秀吉が奈良東大寺にならって大仏の造立を始め、文禄4年(1595)に落慶した方広寺は、その後、伏見大地震により倒壊しました。のち豊臣秀頼が再興するも、寛政10年...

木津宗詮
2024年4月28日読了時間: 1分


4月25日稽古場の床
湊川神社職員の稽古です。床に三代宗泉の帆掛船画賛を掛け、姫卯木と鳴子百合を竹一重切花入に入れました。 薄墨の遠山かけもいつしかと霞をこめて見えすなりにも 聿斎(花押) 船に乗って徐々に岸辺を離れていきます。薄墨のような霞のかかる遠山の姿もいつの間に見えなくなってしまいました...

木津宗詮
2024年4月28日読了時間: 1分


4月26日稽古場の床2
自宅稽古場の床は、香川景樹懐紙「萎花蝶飛去(はなしぼんでちょうとびさる)」です。花は小手毬と黒臘梅を竹円窓花入に入れました。 春日詠萎花蝶飛去 和歌 長門介平景樹 この里ははなちり たりととふ蝶の急 くかたにも風やふ くらむ...

木津宗詮
2024年4月28日読了時間: 1分


4月27日稽古場の床2
本日の椿大神社の稽古は近衛文麿筆「魚鳥来親人(ぎょうちょうきたりてひとにしたしむ)」です。万古焼花入に大輪の鉄仙を入れました。 魚鳥 来親 人 文磨(花押) 少しでも邪な心があれば魚も鳥も警戒して、決して近づくことをしません。清らかな心でなければ。

木津宗詮
2024年4月28日読了時間: 1分


4月26日稽古場の床
三重の某団体職員の稽古場です。床に大正時代の妙心寺13代管長関蘆山の小槌画賛。花は杜若を唐銅木瓜口耳付花入に入れました。 盧山書(印)花押 この槌は宝打ち出す 槌でなしのらくら ものゝあたま打槌 最後の「槌」は槌の絵を読みます。...

木津宗詮
2024年4月28日読了時間: 1分


4月24日 稽古場の床2
夕方からの稽古の床に、江戸時代中期から後期にかけての公家花山院愛徳(よしのり)の一行「茶味有清趣」を掛け、鉄仙と深山南天を高取焼蹲花入に入れました。 花山院愛徳は同家29代当主で従一位右大臣に進み、当時入木道(書道)に優れ能書として著名でした。天明8年の大火で京都が烏有に帰...

木津宗詮
2024年4月25日読了時間: 1分
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