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木津宗詮
2024年4月17日読了時間: 1分
安田是誰作 輪無二重切花入「目出度かしく」
安田是誰70歳の作になる輪無二重切花入「目出度かしく」です。是誰70歳の作になる竹輪無二重切花入です。輪無二重切花入は花間を横一文字に切り、縦は真直ぐに切り落とすのが通例ですが、是誰は花間の縦の線の上部を内側に緩やかな曲線を残して切り、まことに大きな窓を開け、また裏側には大...
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木津宗詮
2024年4月14日読了時間: 1分
4月13日 稽古場の床
三代聿斎宗泉の置字になる「萬朶」です。ミャンマー土産の蒟醤薄板に萩井一司の唐銅立鼓花入を置き乙女椿に山吹を入れました。 萬朶 發為桜 聿斎(花押) 聿斎横物「万朶発為桜(ばんださくらとしてはっす)」です。 朶(だ)とはしだれるとかたれる。枝や花・実などがたれさることをいいます。
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木津宗詮
2024年4月10日読了時間: 1分
4月10日 稽古場の床
豊田善右衛門聴雪の一行「春風入萬物」です。 春風入萬物 七二翁聴雪居士(印) 豊田善右衛門は大阪の繊維商社豊田商店(現豊田産業株式会社)の主人です。豊田商店は国内外に向けた毛織物・紳士服地・婦人服地などを扱い、中国北東部や香港にも支店を構えていました。弟の上野理一は朝日新聞...
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木津宗詮
2024年4月10日読了時間: 1分
4月9日 稽古場の床
春日大社職員の稽古の床に江戸中期の絵師三熊花顛(みくまかてん)の桜花図を掛けました。 三熊花顛は加賀国(石川県)の出身で、名は思孝、字は海棠、別に介堂と号しました。絵を長崎の大友月湖に学びました。のちに麒麟や鳳凰、龍、虎、獅子、象など見たこともないものを描くのは、ただ一時の...
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木津宗詮
2024年4月8日読了時間: 2分
4月8日 稽古場の床
大阪の稽古場の床は拙叟宗益賛になる狩野永岳画誕生仏図です。薮椿と八重山吹を小代焼蹲花入に入れました。拙叟宗益は大徳寺四百四十七世で、二代得浅斎宗詮の参禅の師で、狩野永岳は京狩野家九代で九条家の家臣で、復古大和絵師の冷泉為恭は甥にあたります。 天上有星皆向北 人間無水不朝東...
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木津宗詮
2024年4月8日読了時間: 1分
一指斎作 墨堤桜樹茶杓
一指斎作墨堤桜樹茶杓。「以墨堤桜樹作之」と割蓋の筒に書付した隅田川の桜で作った茶杓で、細身の皮付きのもので、荒々しく刀痕が残され、櫂先には花押が墨書で認められ、会心の作品であったことがうかがえます。 一指斎は明治14年(1881)に東京を訪れていますその足取りの詳細は不明で...
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