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上巳(じようし・三月三日)
上巳は五節句のひとつで、人日(じんじつ・一月七日)と端午(たんご・五月五日)・七夕(しっせき・七月七日)・重陽(ちょうよう・九月九日)の五つの節日です。古くは宮中で行われていた節会(せちえ)や民間で行われていた行事の習俗などがもととなり、江戸幕府の式日(しきじつ・祝日)とし...

木津宗詮
2022年4月11日読了時間: 3分


月岑宗印の四百年遠忌
大徳寺玉林院開祖で大徳寺142世月岑宗印の四百年遠忌に参列しました。同院は宮中の典医や豊臣徳川の待医も勤めた高名な医師であった曲直瀬正琳(まなせしょうりん)が創建されました。後に火災により焼失しますが、片桐且元によりまもなく再興されました。なお、本堂は大徳寺塔頭の本堂中では...

木津宗詮
2022年4月6日読了時間: 1分


豊公愛樹五色八重散椿
地蔵院の五色八重咲散椿は、文禄の役で加藤清正が朝鮮の蔚山城(うるざんじょう)から持ち帰り、北野大茶湯で豊臣秀吉から献木されたものだと伝えられています。初代は枯死し、現在は樹齢約120年の二世椿です。本当に見事な椿で牡丹のような大輪です。牡丹の花と見紛うほどの見事な花です。...

木津宗詮
2022年4月6日読了時間: 1分


大応国師出家の寺「建穂寺」
大応国師は駿河国安倍郡井宮村(静岡市葵区)に生まれ、建穂寺の浄弁法師について出家しました。 建穂寺は徳川家康から静岡県内最高の寺領480石を与えられ、21坊を構え、学問の寺として「駿河の高野山」とも称された名刹でした。明治の神仏分離により廃寺となり、今日、地域の方々により観...

木津宗詮
2022年3月26日読了時間: 1分


利休居士遺愛の水 晴明井
千利休は豊臣秀吉の逆鱗に触れ、堺に蟄居を命じられ、のちに京都に呼び戻されて葭屋町の聚楽屋敷内で切腹を命じられて自刃して果てました。天正19年(1591)2月28日、享年70歳。 その首は一条戻橋で梟首された。首は賜死の一因ともされる大徳寺三門上の木像に踏ませる形でさらされた...

木津宗詮
2022年3月25日読了時間: 1分
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